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東京地方裁判所八王子支部 昭和55年(わ)1701号 決定

少年 S・K(昭三八・一一・二九生)

主文

本件を東京家庭裁判所八王子支部に移送する。

理由

本件公訴事実は次のとおりである。

被告人は、昭和五五年八月二七日午後一〇時五五分頃、業務として自動二輪車を運転し、東京都府中市○○×丁目無番地先の○○橋上の道路を○○街道方面から稲城市方面に向け時速約八〇キロメートルで進行するにあたり、同所付近道路は東京都公安委員会が最高速度を三〇キロメートル毎時と指定した道路であつたから予め右制限速度を守るのはもちろん、前方左右を注視し道路の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、自車の警告燈をみて前方注視が不十分のまま時速約七〇キロメートルに減速したのみで進行した過失により、折から先行するA(当時三七年)運転の自転車を前方約一七・五メートルに接近して初めて発見し、急制動に至る間もなく同車に自車前部を追突させて路上に跳ねとばし、よつて同人をしてその頃、その場において頭蓋骨骨折兼頭蓋底骨折で死亡させたものである。

右事実は当公判廷において取り調べた各証拠によつてこれを認めることができる。すなわち、被告人は、自動二輪車を時速約八〇キロメートルないし七〇キロメートルの高速度で走行中、市内道路上をこのような高速度で走行するのであれば、前方に対する注意をより一層払うべきであるのに、かえつてスピード出し過ぎの警告表示の方に気をとられたことから、たとえそれが極めて短期間であつたとしても、高速度であつたためにその間に相当距離を進んでしまい、その間に同方向に進行中の自転車に接近して回避する措置を講じる間もなく自車を追突させ、酒気を帯びて自転車を走らせていた者を即死させるに至つたのである。もつとも自転車は道路中央より左側の部分の中間あたりを走行していたことをとらえて、もつと左端に寄るか或は左側の歩道上を進行すべきであつた、といい得ることも考えられるが、当時同道路上は交通が比較的閑散であつたから、幅員が片側で約三・二五メートルの道路上において、このような軽車両の進行方法が特に交通の妨げになるといえるようなものではなく、被告人が前方を注意して進行していたならば、容易に追突を回避できたものとして、被告人の過失はおおむね一方的であるといわざるを得ない。このような過失態様によつて惹起された結果は重大であり、所為そのものは禁錮の実刑をもつて処断すべく、到底刑の執行を猶予し得る事犯とは思われない。しかしながら、被告人は犯行当時一六歳、現在一七歳の高校生であり、しかも右の所為がいわゆる暴走族的行為とか、無免許などとかの故意に近い無謀運転によつて惹起されたものでないことを考えると、このような被告人を直ちに禁錮の実刑に処するのは酷に過ぎるものであるが、さればといつて、如何に右のような事情にあるとはいえ、被告人のような年少の者に対して禁錮刑に執行猶予を付するような処罰をしてみても、刑罰的効果の実効に乏しいものであり、結局十分にその刑責を問うことができないということになる。本事犯に対処するには、このような禁錮刑の被告人に及ぼす実質的効果が考慮されなければならない。ところで、本事犯が惹起された素地には被告人のような少年が安易に自動二輪車を乗り廻すのを黙認する生活環境があつたことが着目される。免許年齢に達したばかりの被告人に対してその両親は被告人の欲求に従い、さしたる必要もないのに自動二輪車の使用をたやすく認めている。被告人は気晴しと称して夜間自動二輪車を走らせ、午後一一時迄に帰宅すべく急いでいるときに追突事故を惹起した。そしてこの事故を在学中の高校には知らせず、穏便に処理しようとしている。刑事の裁判に付されたものの、禁錮の実刑を受けないとするならば、事犯はおそらく高校の知るところとはならず、被告人のような年齢の行かない者にとつては心身両面においてそれ程の痛手も蒙ることなく打ち過してしまうことになるであろう。だが、被告人の所為によつて他人の家の生計の柱を即死させてしまつた刑責は如何にも重い。今日に至るまで高校に知らせずにいることは心情において理解できるものがあるとしても、高校生である被告人に本事犯に対する責任を十分に自覚させ、車両運転に対する反省を促すためには、現在までに関与した被告人の周辺のみをもつては無力の感を免れない。ここには審理の経過においてあらわれた両親のバイク運転に対する甘い考え方があり、このことがひいては、事犯に対する被告人の責任を自覚させることよりも現在の高校生活の維持にとらわれる方に向く、という被告人中心の考え方が生れてくることにもなるのである。被告人は息抜きに自動二輪車を走行させて勤め帰りの者を死なせてしまつた、という自らの所為に対して家庭内におけると共に高校内においてもそれ相応の補導を受けるべきである。もしこの点について然るべき方策が講じられず、依然として被告人及びその両親の対処に欠けるところがあるとするならば、交通事犯についての矯正保護施設の現状に照らしてむしろ禁錮刑に代るものとして短期少年院において被告人に反省・贖罪の自覚を促すべきが相当であるとさえ思料されるのである。そこで事犯の本質をふまえつつ被告人の周辺事情につき更に検討し、あらためてその処分を決めるのが相当であると認められるので、少年法五五条により本件を東京家庭裁判所八王子支部に移送することとし、訴訟費用については被告人に負担させない。

(裁判官 渡邊一弘)

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